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- 10月
今から18年前、私が議員になる前から、岡山空襲の被災者の方が中心に、岡山空襲を後世に伝えるために拠点となる、市立の、平和館の建設を!と、運動がはじまりました。
いわゆる社会党系の労組と、私たち共産党系の労組と2つに分かれて始まった運動でしたが目的が同じだと、超党派でひとつになり、町内会や学校も巻き込んだ大きな運動になりました。署名も17万という数、議会も全会一致で陳情採択もしました。
しかし、市長が変わったり、いろんな経過がありすんなりとできませんでした。
それならと、NPOをたちあげ団体として平和館をつくり手弁当で運営。その実績もあり、やっと
市立の資料館が岡山駅西口シティミュージアムの中に空襲資料室として2年まえにオープン。
オープンまでの16年の運動を綴った記念誌が、この度発行されてつどいが開かれました。
何度もなんども団体と私も面談し、この公立の平和館を見ずに亡くなられた方々の顔が浮かび胸が熱くなりました。
NPOで運営されていたとき、勤労者福祉センターにあったのですが、その時毎日手弁当で役所の横をとおり、通われていた丸山館長。いつも温和な館長が、若者のつどいで語り部をしたとき、集中しない若者に、命がけで話してるんだ、まじめに聴きなさい!と大きな声を出されたことがありました。
いかに本気でこの運動をされていてのか、若者たちにも届いたのではないでしょうか?
亡くなられたことが本当に残念です。
空襲紙芝居は西大寺まできて披露してもらったことも。
資料室も発展途上、まだまだ運動はこれから!と参加者から元気いただきました!