分類: 日記帳

青年の頑張りを聞く会!

11年6月19日 日曜日

日本共産党青年対策委員会が主催の「青年の頑張りを聞く会」に参加。

まず、貴重な日曜日に、おじさんたちやおばさんたちに囲まれるこの会に良くぞ参加した青年たちに大拍手です。選挙後、若者たちとフラットに話したり、遊んだりしている私は、「青年が・・・」なんて・・・大上段に構えるこういう会議に参加して、最初は違和感を感じてしまいました。

でも分散会で、リラックスして話す場があったので、ちょっと安心。また、今日の昼に被災地から帰ってきたばかりのTくんの報告は、とても感性が豊かで感動しました。

行ったばかりの頃は、「今、着いたっす!」とか 「ご飯 なう~」などの一言メールばかりだったのでどうなることやらと思いましたが、ほんとうに日に日に、いろんなことを感じて素直に文章に表現し毎日1000文字近いレポートを寄せてくれたTくん!

本当によく頑張りました!花丸!!です。この経験を、「被災地に花を送ろう!」プロジェクトでも立ち上げて継続したいというTくん。引き続きできるようにサポートしたいと思います!

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千町平野を一望

11年6月19日 日曜日

6月19日の日曜日日本共産党西大寺中学校区しじみ後援会主催で

「大賀島寺と畠山製菓手焼き体験プチ旅行」があり、

西大寺から車4台連ねてお隣の瀬戸内市大賀島寺へ行きました。大賀島寺では瀬戸内市委員会の島津さんが奈良時代に立てられたこの大賀島寺の由来や寺のある砥石山山頂で、歴史や街づくりの話など説明してくださいました。

ここは浮田直家時代に誕生した砥石城跡だそうです。天気がいいと千町平野を一望でき、

素敵だったのですが、曇りで残念。

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被災地レポートNO.6

11年6月19日 日曜日

 

Tくんの最終日レポートが届きました。今は帰路についているとのこと、ひとまわり成長したTくんが帰ってきてどんどん岡山でこの経験をひろめつないでくれることを望みます!!

以下彼の文章です

今日は、ボランティア最終日でした。

朝は、震災後、初競りが行われる宮古漁港に行き魚を見ました。どれも新鮮で美味しそうでした〓市場も見学してきました〓

その後、白浜地域の仮設住宅に要望聞きに行きました。

要望は、交通の便が悪いとゆう事でした…

この地域は、週に1回しかバスが通っていなくて、買い物に行きたくてもなかなか行けないとゆう事でした。

これについては、宮古市が迅速に対応してくれているみたいです!

他にも、『避難所で生活している時は、顔も見えた生活をしていたので、助け合う事ができたが、仮設住宅に入ってからは、地域のコミュニティーやコミュニケーションが薄れていき、不安だ!』と言う声も聞かれました。
地域のコミュニティー作りは、仮設住宅においても、都道府県の各自治体においても、とっても必要で大切な事だと思います。
僕でさえ、 (さらに…)

専属カウンセラー!

11年6月19日 日曜日

週末は、議会の質問準備、そのための会議、党や民主団体の会議など・・・・・会議続きで、大変。

モチベーションをたもつのが・・・・会議によってはむなしい議論になったり

伝えたいことが伝わってなかったり・・・・ちょっとマイナス気分で帰宅・・・・ (さらに…)

風がどうっと吹いてきて・・・

11年6月17日 金曜日

16日、百花プラザで開催されている

文化☆体験ネット西大寺子ども劇場の総会に参加しました。

記念講演は文芸学者・西郷竹彦先生の「宮沢賢治・注文の多い料理店」についてでした。

91歳とはおもえない、記憶力、表現力でたんたんと、賢治の世界に吸い込まれていきました。「風がどうっと吹いてきて・・・」という

フレーズのあとは大きく場面が変わるのが賢治のお話の世界。

物語を読みながら、途中途中で、先生の解釈をはさまれるのですが、けして物語の受け取り方は押し付けるような説明ではありません。

賢治は・・・同じ物語の中でも (さらに…)

被災地支援レポートNO.4

11年6月16日 木曜日
今日のTくんからのレポートです!感性が豊かで、いろんなことを吸収していることが文章のすみずみに感じられるいいレポートです!!若さゆえなのかしら!!
では以下・彼の報告レポートです。
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今日は、朝と昼から夕方にかけて宮古市の漁港近くの鍬ヶ崎地域の津波による床下床上浸水や全壊を免れた家に戸別訪問をしました!
 
 今までは、仮設住宅などでの活動が主でしたが、津波での被害が少なく済んだ家に、今日は、初じめての試みとゆう事で不安もあったけど一軒一軒訪問してまわりました。
 
 最初に伺った家は、一階が津波で被害にあったけど徐々に工事をして直している状態でした。
 
 こないだ床下のへ泥のかき出しに行った党員さんの家もこの地域にあり、伺いました。
 
 
まだ、こないだ作業をした後の状態で、話しを聞くと『まだ工事が入らない、でも少しずつだぁ!食べる物などには困ってない!けど仕事が欲しい』っと言ってました。
 
 他のお宅にも何人もの方が、『仕事は紹介してもらえないのか?』『こないだ漁が解禁されたのに船が流されて仕事にならない…アワビ漁までにはどうにかならないのか?』『主人は船が流されて漁にでれない…仕事と言っても今は、観光の連絡船のボランティアをしている』
 
 漁業が盛んな地域だけに、船が流され仕事を失った方が沢山いて早く早くと漁をしたいとゆう思いが強く、また頑張って漁業を再開させようとしても個人の力だけでは無理難題が多く、切ない表情が、なんとも言えなくて『少しずつですね』としか言葉にできなかったです。
 また、津波でやられてしまい解体予定の家では、片付けなどに追われていました…
 
 『避難所で生活している分にはまだ困ったりする事はないけど、この先どこの仮設住宅に入るのか?仮設住宅に入った後が不安。支援が2年ではその後どうしたらいいのか?』など住む場所への今後の不安などを言われていました。
 
 『家は、持ちこたえてくれたから後は、工事を待つだけだが地元の業者でないと工事をしてくれないから直そうにも直せない』と言う声もありました。
 
地元の中小企業の復興も大切ですが、どこの地域も解体工事や補強工事などで手が回ってないのでは?と思いました。生活の基盤となる家だから、手が回らない場所の工事は、地元以外の業者も受け入れるとゆう事も考えてみる必要性もあるのかなと…