分類: 視察報告

中国視察報告その2

11年9月28日 水曜日

夕方洛陽市に着き、岡山市の高谷市長と洛陽市の市長をはじめ、訪問した私たちと一緒に30周年の記念式典がありました。

洛陽は700万近い人口で、議員は450人くらいいるそうですが、その中から45人が常任委員として選ばれて通常の私たちと同じような議会をしているそうです。呼び方は人民会議というそうですが・・・その方たちとも交流、こちらからも花嫁人形を持って行き喜ばれました。       

その後、歓迎レセプションも行われ、一緒に行った市民訪問団の方々交流。 (さらに…)

中国視察報告・その1

11年9月28日 水曜日

今回中国の視察は、岡山市と洛陽市との友好都市30周年を記念してという目的で、市長を団長とする、市民訪問団と私たち議員の友好都市議員連盟7人の参加で出発。

大連経由で北京入り。大連は飛行場だけでしたがこの飛行場から見える景色がヨーロッパの町並みのようで美しい!いつか行ってみたいところです。そして・・・北京へ。北京では中国のシリコンバレーといわれている中関村を視察。北京は2000万人都市の大都会、その産業の中心がIT産業。 (さらに…)

今夜は盆踊りーーー!

11年8月7日 日曜日

東区のあちこちで、6日の夜は盆踊り大会がありました。まずは一番早いスタート時間だった、豊の夏祭り。我が後輩たちも(旭川荘厚生専門学院)フランクフルトを売って頑張っていました。 そして、西大寺南、渡し場町内会、芥子山小学校、政田とまわりました。 (さらに…)

感動の日本母親大会IN広島

11年8月1日 月曜日

1日目の全体会は全国から8500人の女性たちが集いました。

記念講演は反貧困ネットワークの湯浅誠さん。

ないものは求めてつくる・・・それが、貧困ネットワークの活動の原点。今は高校を中退した子どもたちのためのネットワークを作りたいと思っているとか・・・・必要性は私もあるとおもいました。

そして感動的なのは、あの昨年の紅白出場歌手のクミコさんの歌とトーク、ご自身も偶然、3・11は石巻でコンサートの予定だったということで被災をされていたとのこと。一歩でもいいから足をふみだそうよと歌で熱いメッセージを届けてくれました。 (さらに…)

被災地レポートNO.6

11年6月19日 日曜日

 

Tくんの最終日レポートが届きました。今は帰路についているとのこと、ひとまわり成長したTくんが帰ってきてどんどん岡山でこの経験をひろめつないでくれることを望みます!!

以下彼の文章です

今日は、ボランティア最終日でした。

朝は、震災後、初競りが行われる宮古漁港に行き魚を見ました。どれも新鮮で美味しそうでした〓市場も見学してきました〓

その後、白浜地域の仮設住宅に要望聞きに行きました。

要望は、交通の便が悪いとゆう事でした…

この地域は、週に1回しかバスが通っていなくて、買い物に行きたくてもなかなか行けないとゆう事でした。

これについては、宮古市が迅速に対応してくれているみたいです!

他にも、『避難所で生活している時は、顔も見えた生活をしていたので、助け合う事ができたが、仮設住宅に入ってからは、地域のコミュニティーやコミュニケーションが薄れていき、不安だ!』と言う声も聞かれました。
地域のコミュニティー作りは、仮設住宅においても、都道府県の各自治体においても、とっても必要で大切な事だと思います。
僕でさえ、 (さらに…)

被災地支援レポート NO.5

11年6月18日 土曜日

今日のT君レポートです。

日に日に、彼の優しさがにじみ出ている文章が増えてきました。泣いても、笑っても残り一日!がんばれーー!

以下・彼のレポートです。

今日の朝の活動は、こないだ、森脇県議や氏平県議が訪問され、仮設住宅の方から要望されていた品々を届けました!

小本地域の仮設住宅は、他の仮設住宅には、あまり見られない、花壇があり色とりどりの花が植えてありました!

家庭菜園などで、葱などを育てたりしているお宅もありました!

物資を届けると、やはり『ありがとう、助かったよ』と言われました。

ここ数日間その『ありがとう』とゆう言葉が、前にも言ったように、どう受けとめたら良いのか、すごく悩んでいました…

しかし、普段生活する中では『ありがとう』は、日常的に使われているので良い言葉だ!としか思っていなかったけど…

何かをしてあげたとか、何かをしてあげてると言う思いが人間だからどこかあるのかも知れないけど… (さらに…)